トーヤマン

トーヤマンの伝説

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洞爺湖ジオレンジャー

 

第五話 天空の舟 

麓のコタンの人人に見送られた若者は、流れの良くなった川に沿って下って行くことしたのさ。
六日六晩歩き続けてシペツ(川の本流)に出たが、その川に沿って、さらにしばらく下って行く
と大きなコタンがあり、そのはずれに多くの人がいて、なにやら口々に騒いでいた。

どうやら、コタンコロカムイ(村の守り神)の棲んでいた大木を独木舟にしようとして切り倒した
のだが、なぜだか南側を下にして木が倒れてしまった。そこで南側を上にしようとしたのだが、
どうやっても裏返すことが出来ずに、舟が作れないでいたのだった。
刳り舟(独木舟)というのは、木の北側を下にして作らなければ、上手く舟にならないのだ。

若者が近づいて行くと、人々はいっせいに警戒のいろを浮かべ、身構えたんだと。
そこで若者が名乗りをあげ、自分の旅の目的を告げると、オツテナが進み出て言ったのさ。
「山と海の両方のカムイの恵みを受けるこのコタンは、ときどき盗賊に襲われることがあるの
だが、そんなときに急を知らせてくれたコタンコロカムイが、突然、自分の住んでいた大木を
独木舟にする様にと言い残して天上のカムイモシリに帰ってしまった。そんなときだから、
見知らぬ者を警戒しているのだ。許して欲しい」と。

がやがやと集まったコタンの老人たちの中に、若者の父を知ると言う者が何人かあった。
「旅の途中でこのコタンに立ち寄ったことがあり、なかなか良い若者であった。」
「今は、西のコタンの立派なオツテナ(むらおさ)になっていると聞いたぞ。」
「そうか、あの若者の息子か、父に劣らずなかなかの良い若者ではないか。」
と、それぞれに言って、若者を歓迎すると言ったんだと。

だからさ、若者もその仕事を手伝うことにしたのさ。

若者がコタンコロカムイの大木に向かい、美しい模様のあるマキリでイナウ(木幣)を作って
上げ、みんなで力を合わせてみると、大木は、いとも簡単に北側を下にして裏返ったんだと。
「よし、これで最高の独木舟が造れる」
と、コタンの人々は驚きながらも喜んだんだと。
そして、これより上は無いというほど、堂堂として大きく立派な独木舟ができあがったのさ。

若者は、コタンの若者たちに乞われるまま、早速出来たばかりの独木舟に乗り、いっしょに
海へと下ってみることにしたのさ。
海は穏やかで、独木舟はひと漕ぎで風の様に軽やかに進んだ。さすがに、コタンコロカムイ
の大木から造ったカムイの独木舟だった。

懸命の海 


何度か海を行き来するうちに、浜辺に人が集まってなにやら叫んでいるのに気が付いた。
そういえば不思議なことに、海辺のコタンの舟がひとつも海に出て漁をしてはいなかった。
そこで若者たちは、浜に近づいて行くと、海辺のコタンの人たちは、口々に
「この沖には、しばらく前から怪物が棲みつき、片っ端から舟という舟を襲うので、危ない。」
と、知らせてくれていたのだった。

海に羽を休める鳥たちが、誰の許しを得たのかと、ひと飲みにされ、海辺に来る動物たち
は、怪物の引き起こす波の渦に飲み込まれて餌食となってしまうので、すっかり姿を見せ
なくなってしまったことや、漁に出る船を襲い、昔から伝わる様に大鎌を持って漁に出ても、
持っていった火打石をカチカチと鳴らしても効き目が無く、もう、何人も怪物に飲まれてし
まったことを、海辺のコタンの人たちは語ったのさ。
コタンコロカムイの独木舟は、どうやら、怪物に知られることなく海へ出ることが出来るよう
だったので、若者たちは、海の怪物を退治することにしたのさ。

沖へ出ても海は静かだった。波も無く、穏やかな海を見ていると、ここに怪物が潜んでいる
様には思えなかった。
そこで若者は、海の怪物に向かって言った。
アトイイナウ(海の木幣:タコ)、レブンエカシ(沖の長老:シャチ)、ショキナ(フンペ:鯨)よ、
いずれかは知らぬが、コタンの人人を苦しめる怪物、チャランケ(談判)に来た。姿を現せ。
それとも、我らが恐ろしくて、姿は現せぬか。」

すると、今まで静かだった海面が恐ろしい勢いで泡立って渦巻きはじめ、大きくうねり、盛
り上がり、独木舟は木の葉の様に揺れた。
「どうして見えなかったのかは分からぬが、何やら騒騒しいとは思っていた。お前たちか。」
と言って、姿を現した怪物は若者たちを見てせせら笑い、
「そんな木っ端舟などひとひねりしてくれる。」
と、言った。それは、山の様に大きなラートシカムイ(足の沢山ある神=タコ)だった。
若者たちがいっせいに漕ぐコタンコロカムイの独木舟は、ラートシカムイの伸ばす腕をする
りとかわし、素早くすり抜けてしまうので、あせったラートシカムイは大あばれにあばれたの
で、海の水は大ゆれにゆれたんだと。

若者は、懐からフリーの美しい尾羽を取り出し、ラートシカムイに向かって投げつけた。
フリーの美しい尾羽を、軽くはじき返したラートシカムイは、
「ふん、フリーの羽などで驚きはしない。そもそも、フリーなんぞは物の数ではない」
と、あざける様に言った。
すると突然あたりが暗くなり、すざましい羽音とともに風が巻き起こってフリーが現れたんだ。
世界で一番強いのは自分だと思っているフリーだから、この言葉には、どうにも我慢ならなく
て姿を現したのさ。

フリーは、大きな翼で嵐の様に波風を起こしては、巨大な鋭い嘴でラートシカムイに襲いかかり、
ラートシカムイは、ランランと月の様な目をむいて、墨を吐き、腕を振り上げてそれを防ぎながら、
太くしなやかな沢山の腕を振り上げては、フリーにつかみかかろうとしたんだと。
フリーの鋭い嘴がラートシカムイに一撃を加え、鋭く巨大な爪でわしづかみにして、一気に引き
上げ様とした。ズルズルと水面に引き上げられたラートシカムイは、素早く太く長い足をムチの
様に振り上げてフリーに叩き付けたのさ。さらに、他の足を巻きつけ、さらに吸盤で吸い付けて
海中に引き込もうとしたが、それはフリーの羽ですべって、巨大なしぶきを上げた。
フリーはさらに、ラートシカムイの巨大な頭を狙って嘴を振り下ろし、腕をつかもうと爪を伸ばし、
ラートシカムイは、フリーの足をつかんで海中に引きずりこもうとするのだが、フリーの羽の力も
なまら強く、空高く持ち上げられそうになって慌てて離しては、海面でさらに巨大なしぶきを上げ、
その波しぶきが天上のカムイモシリにまで飛び散って、それは天上のカムイたちが慌てるほど
だったんだと。

天上のカムイたちは、このままではアイヌモシリだけでなく、カムイモシリも壊されてしまうと心配し
て、こぞって地上へと降りて来て言ったのさ。
「どちらが強いのかを決めるのは良いが、それでアイヌモシリもカムイモシリも壊してしまっては、
元も子もあるまい。両者ともほどほどにせよ。」
そして、ラートシカムイとフリーを、共に輝く珠に変えてしまい、それを若者に渡したんだと。

海辺のコタンの人人に感謝され、中のコタンの若者たちは、意気揚々と中のコタンに戻ったんだ。
カムイモシリから新しいコタンコロカムイが降りてきていて、もう新しい大木に棲みついていたのさ。
若者は、コタンの人たちに別れを告げ、シペツの上流を目指して旅を続けることにしたんだと。
 
                                                   2009.12.29
 

洞爺湖ジオレンジャー

第六話

 

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