トーヤマン

トーヤマンの伝説

トー・グリーン

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洞爺湖ジオレンジャー

 

第ニ話 消魂の谷

イフンケカムイの言葉にしたがって、若者は、北の方へと顔を向けて力強く歩き始めたのさ。
六日六晩歩き続けて行くと大きな河につきあたったが、迷わずその河を上流へと遡ることに
したんだと。
しばらくはゆるやかに川に沿って歩いていたが、いつのまにかそこは裂けた様に切り立った
狭い谷の入り口だった。
谷間からとめどなく流れ出す、心を惑わせる様な濃い乳白の霧に、若者は悪寒を覚えたが、
周りには杣道(そまみち)すらひとつとして見当たらず、決心して沢の道へと入っていった。
沢に沿った細道を登るにつれ、やがて乳白の霧は、オヤウカムイ(翼のある蛇神)の吐く息の
ような黒い霧へと変わって行くのだった。
暗く冷たい霧の海。邪悪な霧が額から雫となってポトポトと滴り落ちるのを感じながら歩いて
行った。
獣の声も鳥のさえずりさえも聞こえず。はたして今は夜なのか昼なのか、陽も見えず星も見
えない暗闇の中を、若者は、沢道を苦労をしながらもひたすら登り続けた。
ふと気が付いたときには霧ははれていて、どうやら星の無い夜の闇に包まれている様だった。

気配を感じて顔を上げると、小高い丘の上に灯が見えた。はっとした若者は、その灯をめが
けて走り出した。走りながら、エカシ(長老)に聞いたカムイラッチャク(神の灯)に違いないと
思ったそのときだ、ちょろちょろとしか水の流れていなかった沢を、木や石の混じった濁流が
轟音とともに足元を流れ下っていったのさ。
若者は急いで懐から美しい模様のあるマキリを取り出してイナウ(木幣)をつくり、神の灯の
見えたあたりにそれをあげた。
そのとき、雲の切れ間から覗いた三ツ星の光に目を凝らしてみると、そこに細い山道と湧き
水のあるのを見た。
ひどく喉の渇きを感じた若者は、それを両手いっぱいにすくって一気に飲んだ。水は甘く、
よい香りがした。
不思議なことに、その水を飲むと力がみなぎるだけでなく、飢えさえも満たしてくれた。
若者は、ワッカウシカムイ(飲み水にいる神)にイナウをあげた。

元気を取り戻した若者は、かすかな星明りをたよりに細い山道を辿ると、細道は沢を見下ろ
す小高い山に続いていた。
しばらく行くと大きなチセ(家)があり、中から大勢の男たち声のが聞こえた。
「さあて、そろそろ行ってみるか。遅くなってセタ(狼)の餌になってしまうと、大ごとだぞ」
「そうだ、酔っ払って忘れてしまわないうちに、身ぐるみ剥ぎに行かなけりゃな」と笑った。
「良い宝物を持っているといいが、最近はなかなか良い宝物が手に入りにくくなったな」
「いや、確かに俺は見たぞ。確かにあいつの懐にはカムイからもらった宝物があった」
「それはありがたい。たまにはそういうやつもいないと、盗賊をやっても割が合わない」
「これで沢の水を溜めるのもなかなか骨の折れる仕事だ。それに見合う宝は欲しい」などと
口々にわめきながら、盗賊たちは沢のほうへと下りて行った。
ここは、盗賊たちのチャシコツ(砦)だったのだ。

岩に隠れ、それを見送った若者はチセに近より、ロルンプラヤ(神の出入りするための窓)
から中をのぞこうとして、そこに蒲むしろの包みがぶら下がっているのに気が付いたのさ。
そっと包みを開けて見ると、中にはほのかに青白く光るエムシ(刀)があったんだと。
しばらく見とれていると、エムシの青白い光は輝きを増しはじめ、やがて目もくらむような輝き
に変わったかと思うと、四方へと矢のような光を放ちはじめたんだ。
そして突然、窓から暗闇へ鋭い光が山賊たちの降りて行った沢の方へと何本も走ったのさ。
すると、光の走った方から山賊たちの悲鳴が聞こえてきたんだと。
「エペタム(人喰刀)だ。」と思い、若者は、捨てる場所を探してあたりを見渡した。

「慌てなくて良い。エペタムは、もともと盗賊からコタンを守るためにカムイモシリ(神の国)
からアイヌモシリ(人間の国)へ下ろされた守刀だ。時の経つうちに性質の良くない魔神に
のっとられて人を襲う様になったものもあるが、このエムシは、今、ここに下ろされたばかり
のもの。このエムシに悪神はいない」
閃光を収めてほのかに青白く光る中に、名も知らぬ一柱の善なるカムイが現れて言った。
やがて、青白い光を内におさめたエムシは、輝く珠となって若者の手に残ったんだと。
 
                                               2009.12.26
 

洞爺湖ジオレンジャー

第三話

 

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