トーヤマン

トーヤマンの伝説

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洞爺湖ジオレンジャー

 

第三話 震撼の山

沢沿いに少し登って谷から抜け出た若者は、北にひときわ高くそびえる山を目指すことに
したのだが、そのとき、何やら背筋が寒くなるのを感じた。どうやらあれはエカシ(長老)に
聞いたニッネヌプリ(魔神の山)に違いないと思ったが、思い切ってその山へ向かうことに
決めたんだと。

四日三晩歩き続け、いくつかのコタン(村)を過ぎて山の麓のコタンに着いた。麓のコタンは、
昔は行き交う人も多く、大きくてにぎやかなコタンだったが、山に魔神が棲ついてからは、
すっかりさびれてしまっていたのさ。
魔神が棲みつく前の山はとても豊かで、コタンの人たちにさまざまな恵みをもたらしていた。
そんな豊かな山に、いつしか棲みついた魔神ニッネカムイは、パコロカムイ(疱瘡の神)の
様なコタンの人たちが困るような悪神をけしかけたり、木の芽や木の実、草の実を腐らせた
り、さらには山に棲む良いカムイや生き物たちをみんな追い出して、麓や周辺のコタンが栄
えるのを邪魔しようとしたのさ。

あるときは、パウチカムイ(淫魔神)にコタンの男たちを裸で躍り歩かせたり、連れ去らせも
したし、またあるときは、山にあらゆる魔神や悪神、魔物らを集めては大騒ぎもしたのさ。
山をドンドンと踏み鳴らし、咆えるような大声をあげて笑い、麓のコタンはもちろんのこと、
遠くのコタンまで、それはみんな生きた心地も しなかったのさ。
山の上の大岩を引き抜き、麓のコタンめがけてごろごろと転がすこともした。大岩は、山の
大きな木をかたっぱしからなぎ倒し、あたりをはげ山の様にしてしまったし、大岩がしぶきを
上げて川に落ちて流れをせき止めて、鮭(あきあじ)が登らない様にしたこともあった。
そんな風に、魔神ニッネカムイは、ありとあらゆる考えられる限りの嫌がらせをし続けたんだ。
だから、コタンの人たちの頼みを聞いて、若者は魔神ニッネカムイの棲む山に向かったのさ。

若者の目の前に、ついに不気味で険しい山が立ちはだかった。決心して、若者は登り始めた。
木が一本も生えていない、ごつごつとした岩肌に、大きく口をあけたプユンチシ(洞穴)のたく
さんある、見るからに恐ろしげな山には、人間はもちろん、鳥や動物たちさえもよりつかない
ために、不気味に静まり返っていたのさ。
ただ、ときおり聞こえるのは洞穴に響く風の音か、それとも山に住み着いた魔神のうなり声か、
それは、不気味に山から谷へと響き渡ったんだと。

若者は悪寒を覚え、しりごみする気持ちを抑えながら進んでいった。中腹まで登ったころに、
やっと少し平らなところへ出て、そこでひと息をつきながら、あたりを見渡してみると、ひとき
わ大きなプユンチシがあるのに気がついた。
岩伝いに近寄ってみると、とてもいやな感じがしたので、もしかしたら地獄穴かも知れないし、
あるいは魔神の棲家かも知れないと思って耳を澄まして様子を伺ったが、何の物音も聞こ
えてはこなかった。そこで若者は、枯れ枝で作った松明を手にして、そっと中に入ってみる
ことにしたのさ。
中は深く、魔神の姿こそ無かったが、奥には厚く毛皮の敷かれている場所があって、魔神の
隠れ穴のひとつに違いないと思った。

いくつかの隠れ穴を見つけながら、なおも若者は登り続け、やがて山頂近くで夜になった。
黒い闇に閉ざされた山頂近くの、岩に囲まれたプユンチシで、若者は休むことにしたのさ。
油断無く片目を開けたまま横になっていると、闇の中にどんよりと赤く光る二つの目が現れ
若者の背後から近づいてきた。気配を感じた若者が寝返りを打つと、とたんに怪しく光る目
は消え、あらぬ方向にまたどんよりと現れた。そんなことを何度か繰り返してから、若者が
むっくりと起き上がると、やがて魔神ニッネカムイがぼんやりとその姿を現したんだと。

若者はプユンチシから外へと飛び出しながら懐に手を入れ、カムイモシリから使わされた、
善なるカムイの珠を取り出したのさ。珠は、瞬く間に元のエムシへと姿を変たんだと。
善なるカムイのエムシの切っ先は鋭く、月の無い暗闇の中で自ら光を発するように青白く
明るく輝いた。
二人は何度と無く切り結んだが、どうやら若者の腕は、善なるカムイの力によるものなのか、
魔神ニツネカムイの力任せに打ち込む太刀にも、まったく引けを取らないようだった。
二つの影は、岩に飛び乗り飛び降り、岩から岩へ飛び移り、岩陰へと回りながらも太刀を
振るい合った。

朝の光が照らし出すころになっても、勝負はなかなかつかず、一日が過ぎ、二日が過ぎて、
三日目が過ぎた。若者には次第に疲れがたまり、腕がしびれ、頭もぼんやりとかすみがち
になってきた。このままでは力が尽きて、ニッネカムイに負けてしまう。
そう思った若者は、地上の神神、天上のカムイモシリの神神に向かって大声で叫んだんだ。
「山のカムイ、海のカムイ、天上のカムイたちよ。コタンに災いをもたらす魔神ニッネカムイ
を倒す力を与えたまえ。さもなければ、私に助力をお願いしたい」と。
若者の声は天上のカムイに届き、雲をかきわけかきわけてカンナカムイ(雷神)がゴロゴロ
と足を踏み鳴らし、光の槍を手にしながらニッネヌプリの山頂近くへと降りてきたのさ。
それを見た魔神ニッネカムイは、二対一では旗色が悪いと感じたのか、慌てて口から黒い
霧を吹き出し、山の頂がその黒い霧に包まれた隙に逃げ出したんだと。
魔神ニッネカムイは山から谷、谷から森、森から沢、沢から尾根へと逃げ回り、ついには
雲を被って姿をくらましてしまったのさ。

カンナカムイは、若者の勇気を称えて光の珠を与え、「後は任せておけ」と言い残して魔神
ニッネカムイを追い、何処へともなく姿を消したのさ。ときおり、ゴロゴロと天を揺るがす音が
響いては、カンナカムイの居場所を知ることが出来たが、やがてそれも遠くへと離れて行き、
ついにはどこにいるのかが分からなくなってしまったんだと。

山を降りた若者は、無事を知って集まってきたコタンの人人に、山にはカムイモシリの神神
から、すぐにもさまざまなものが下ろされ、また、元の豊かな山に戻ることを伝えたのさ。
コタンのみんなが喜んだのは、それは言うまでもないことだ。
疲れを癒した若者は、コタンの人人に見送られながら山道を下って行くことにしたんだと。
 
                                               2009.12.27
 

洞爺湖ジオレンジャー

第四話

 

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